幼年期の終わり
「金子さん! お久しぶりです。」
たまたま階下にいたらしく、二人を玄関で出迎えた要は、以前のやぼったさが嘘のような、美人に変身していた。
あずさからは女っぽさが抜けて、男らしいといえなくもない精悍な顔つきに変ったが、要は中性的な要素がそのまま残っている。
髪は短く、着ている服も洋装で男物なのだが、どこか儚げで、柔らかいイメージがある。
これでは、硬派も軟派も傾倒するのが当然かもしれない。
自分に心酔していたあずさも。
そう思うと、せいせいするという気持ちと同時に、どことなくひっかかる物も感じてしまう。
「やぁ、メートヒェン。相変わらずというか、前以上に美人になって。」
光伸としては、心からの賛辞のつもりだった。
しかし、相変わらず要はその言葉に眉をしかめる。
「もう・・・。やっぱりそうやって呼ぶんですね。まぁ、慣れましたけど・・・。」
不本意そうに、ブツブツ言っている要が妙に可愛い。
「髪を切ったのは正解だな。綺麗な目をしてるんだから、出したほうが良い。
どういう心境の変化かは知らないがな。」
何気なくかけた光伸の言葉に、要の表情が硬くなる。
「いつまでも過去にこだわっている場合じゃ無いと思って。
僕も、未来にむけて歩き始めなければならないから・・・」
自分に言い聞かせるような要の口調にふと疑問を感じる。
僕「も」? では、誰が?
「積もる話は僕の部屋でしよう。大家さんはもう寝ちゃってるし。」
要がとっさに光伸の背中を押した。
「ああ、そうですね。僕、何か飲む物持っていきます。」
要はぱたぱたと走り去る。
今さら断ることも出来ず、光伸は背中を押されるままあずさの部屋に邪魔することになった。
相変わらずの教授陣の話や学校内外の与太話。
親衛隊の今昔など、思いもがけず3人での話は弾んだ。
光伸は会話の中、あずさの態度に驚く。
以前のあずさの会話は、自分の言い分を相手に押付けることが中心で、人の話を聞くのは二の次という感があった。
ところが、今は違っている。
性格的に大人になったというより、以前が子供過ぎたのだとは思う。
だが、確かにあずさは成長している。
だからこそ、自分に見切りをつけたのかもしれないが。
「あ。もう遅いですね。僕は部屋に戻って休みます。」
要が立ちあがった。
「ああ。それじゃ俺も帰るか。」
続いて立ちあがる光伸を、あずさは不服そうな目で見た。
「先輩、もうこの時間じゃ圓タク捕まらないし、今日は泊まっていったほうがいいよ。」
「それがいいですよ金子さん。」
要も、嬉しそうに頷く。
「俺は明日、仕事なんだが?」
今日は休日。明日は平日。いや、もう、今日といったほうがいいのだが。
「大家さんの朝ご飯美味しいんだよ?」
「ちゃんと、朝早くに起こしますから安心してください。」
二方向から畳みかけるような発言。
確かに、この時間に戻っても大して眠れはしないだろう。
「学生の頃は朝帰りが日常だった金子光伸先輩も、年には勝てないんだ。」
あずさが、思いっきりわざとらしくついた溜息に、光伸はつい反論する。
「そんなことは無い。」
「じゃぁ、朝帰りでも平気ですよね?」
にっこり。
要とあずさの二人は、やたらと見栄えだけはいい笑顔を浮かべている。
本心は奈辺にありや、だ。
「まぁ、な。」
売り言葉に買い言葉なのは重々承知で、光伸は頷いた。
頭の中で、明日の朝の計画を立てる。
「やった。布団は狭いけど、大丈夫だよね先輩。」
いそいそと、あずさはその辺を片付けて、布団を引く準備を始める。
要も嬉しそうにあずさを手伝っている。
光伸はなんとなく、居場所が無くてただ二人を眺めていた。
「おやすみなさい。」
要がぺこりと頭を下げて、自分の部屋に戻って行った。
当然、部屋に残っているのはあずさと光伸の二人だけ。
一人減っただけなのに、妙に静かになってしまった気がした。
寮の部屋と大差の無い、広くも無い室内。
間に合わせの家具。
光伸は、自分が座っている薄い布団に違和感を覚えた。
「先輩? ぼーっとしてると、押し倒しちゃうよ。」
あずさがふわりと光伸の前に座る。
肩を掴もうとする手を光伸は止めた。
「ふざけるな。」
「ふざけてない。」
あずさは真摯な目を光伸に合わせた。
「好きだからしたい。ずーーーーーっとしてないし。っていうか、させてくれないし。」
あずさは拗ねた声を出す。
女役など、そうそうしていられるか。とりあえずその反論を、今は胸に収める。
「お前が好きなのは、メートヒェンだろう?」
からかうというより、確認のための言葉。
「お前の家の財力なら、もっといい部屋で、もっといい家具で暮らせる。
校則を変えてまでメートヒェンと一緒に暮らしたいのは、結局、好きだからなんだろ?」
安普請な部屋の中、あずさや光伸の着ている上質の服が、やけに浮いている。
あずさは、それこそ、零れ落ちるのではないかというくらい目を見開いた。
「何言ってるの先輩。僕が好きなのは金子先輩だけだよ。ずっと。今までも、これからも。」
そして、慌てたように頭を振った。
光伸は胡乱な目付きでそれを見た。
「要さんはね、守ってあげなきゃならないんだ。」
想像もしてない単語に光伸は驚く。守る?
「僕は、真弓の代わりに要さんを守らなきゃいけないんだ。」
「木下?」
また、想像もしてない名前が出てきて、光伸は素で聞き返す。
そういえばあれだけべったりとくっついていた木下真弓の話が一言も出てこなかった。
「そう。真弓はね、ずっと要さんを守ってきた。
それは、要さんが真弓を救ったからってのもあったんだけど。」
あずさが呼吸を整える。
長い話になりそうだった。
「真弓がずっと、僕の後ろでうつむいていたのは、理由があったんだ。
それが何か、結局ちゃんと聞くことは出来なくて、想像するしか無いんだけど。
でも、その何かを、要さんは解消したみたい。
真弓は凄く変った。
真っ直ぐ前を見て、言いたいことを言うようになった。
それは、僕の知ってる真弓と全く違っていて、最初は別の人みたいだと思ったけど、
やっぱり真弓は真弓で。
これが本当の真弓なんだと思ったら、嬉しかったけど、悲しかった。」
あずさの顔が曇る。
光伸は目線で続きを促した。
「だってさ。10年以上も一緒にいたのに。
僕は真弓の悩みに全然気づいて無かった。
真弓に甘えて、振り回すだけ振り回して。
変な言い方だけど、真弓を対等に認めてはいなかった気がする。
僕にくっついてるのが当たり前でさ。
でも・・・当たり前だけど・・・やっとわかったけど・・・真弓は僕と考えることもやることも全く違う、一人の人間で。
そんな簡単なことに気づいて無かった自分の子供っぽさには呆れるし、僕が10年以上一緒にいて変らなかった真弓を、要さんがたかだか数ヶ月で変えてしまったってことも悔しい。」
変ったな、と光伸は思う。
傍若無人な昔のあずさなら、こんな言葉は出てこない。
「要さんは真弓を支えて、真弓を変えた。
そして事件後は、要さんを真弓が支えてた。
それで、要さんが入学して、落ちつくまで見届けて、それで・・・
それから、真弓は、一人でどこか行っちゃったんだ。」
あずさがうなだれる。
「僕ら最上学年だから、卒業してからでもよかったのに。
火浦の家からの援助とか、全部振りきって、真弓は一人で暮らすみたい。
要さんにも連絡が来てないんだから、相当な覚悟なんだと思う。」
あずさの後ろを、伏せた目のまま付いて歩いていた木下真弓。
段々と、あずさが一人で自分につきまとうようになっていたから、視界から消えていた。
よもや、真弓と要がそのように親しくなっていたとは。
どうりで、あのぶっちょう面が事件後の要を構わないはずだ。
あいつは、ああ見えて結構周りを見てるから、要の側にいる真弓が見えていたのだろう。
付け入る絶好のチャンスだったはずなのに、不器用な奴だ。
「要さんは何も言わないけど、髪をばっさり切っちゃった。
強くいようとする姿は、綺麗だけど痛々しくって、放っておけないんだ。
だから僕は、真弓の代わりに要さんを守るって決めた。
真弓は絶対帰ってくる。その時まで、僕が守るんだ。」
あずさは拳を握った。
要のほうがあずさより年上であるのに、その妙な自信はどこからくるものか。
ただ、ひとつ判ったことがある。
あずさが急に大人びた理由の一つは、要を守るという使命感だろう。
「だから、僕がここに住んでるのは、真弓の代わり。
僕は・・・僕が好きなのは、ずっと、金子先輩だけだよ。」
あずさは考え事をしている光伸の肩を掴んで、布団に押し倒した。
「おい。」
とっさの事に対処しきれなかった自分に、光伸は呆れる。
確かに、あずさは自分とほとんど身長が変わらないほど背が伸びたし、さっきからの話を聞いていると、文科系だけではなく、体育系の部活にも手を出して、体を鍛えているらしいから、相変わらず楽に生きている光伸より体力があるのは当然かもしれない。
だがしかし。
あの「あずさ」に押し倒されたという事実は、中々に精神的にダメージが来る。
そういえば、あの時もこいつは。
「先輩、好きだよ。ずっと、先輩だけが好き。」
あずさは光伸の体を自分の体で押さえつけ、身動き取れないようにしつつ、唇を重ねてきた。
その、男の唇にしては至極柔らかな感触が心地良い。
つい力を抜いてしまった隙間から、あずさの舌が入り込んでくる。
がむしゃらにむさぼるのでは無く、明確な意図を持った舌の動きに感心する。
つたないながらも、以前とは比べ物にならない。
「誰と練習したんだ?」
つい意地悪く光伸は尋ねる。
「してないよっ。先輩以外とキッスなんて、気持ち悪い。」
あずさは真っ赤になって怒る。
「誉めたつもりなんだがな。」
「芸者さんとかに・・・話を聞いて。やっぱり、感じて欲しいから。」
あずさの頬が赤い。今度は怒りでは無く、照れだろう。
「幼年期が終わったら、俺からも卒業すると思ったんだがな・・・」
光伸は小さく、吐息混じりで呟く。
「え? なんか言った先輩?」
「・・・前にも言ったが、女役は好かん。どうせするならお前が女役をやれ。」
光伸は下からあずさを見据える。
「やだ。」
即答して、あずさは頬を膨らませる。
「なんだそれは。」
大人なのか子供なのか、さっぱりわからない。
「だって、僕だけ気持ち良かったのって悔しいじゃない。
今度は、僕が先輩を気持ち良くして、メロメロにするんだ。」
「はぁ?」
「キネマから始まって、デートして、部屋に泊まってもらって、えっちする。
で、先輩は僕にメロメロになって、マメに連絡をくれるようになる。
うん。計画通り。」
あずはは、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべている。
ここまでの展開は、あずさの書いた脚本通りらしい。
それはそれで、なんだか悔しいではないか。
「なぁ火浦。」
光伸の耳に咥えついていたあずさに、光伸は優しく声をかける。
「なに?」
あずさは必死、といった感で愛撫を続けている。
気持ちいいのは確かだが。
「面白いキネマの条件を教えてやろうか?」
光伸の声は変わらず穏やかで、全く乱れていない。
光伸は作家志望だった昔を思い出す。
授業をサボタージュしてまで読み漁った読書量はその辺の三文作家に負けないほどだ。
キネマの脚本だって、きっと自分になら書けるだろう。
「うん。後でね。」
あずさの指が光伸のわき腹をなぞる。
それは、気持ちが良いというより、くすぐったい。
「物語には、どんでん返しが必要だ。」
光伸は唯一自由になる右手の指をあずさの背中にすべらせた。
同時に、下から腰を突き上げて、あずさのその場所を刺激する。
「あっ。」
予想通り、あずさの動きが止まる。
光伸は右手をそのままあずさの双丘へ伸ばし、肉の薄いそこを揉みほぐす。
「・・・ゃ、先輩ちょっと・・・」
すぐにあずさの顔は真っ赤になる。
「ちょ・・・この・・・」
あずさは乱暴に光伸のシャツの釦を外し、きめ細かな肌に直接口付ける。
小さな舌が胸中を這って、突起へ辿りつき、そこを丹念にねぶっている。
「・・く・・・」
光伸の口からも、吐息が漏れる。
どっちが子供なんだかわからない、妙な意地の張り合いは朝まで続いた。
〇久(2003.0619)
タキ様からの9000リクエスト「成長した格好いいあずさで火金」でした。
なるべくあずさを成長させようとした努力の結果、妙に前振りが長くなってしまいました。
今回も(「も」ですよお客さん)オリジナル設定が入ってしまってますねぇ。
あずさx金子で、要x真弓。土田と水川は知りません(爆)
金子はとりあえず普通の就職。作家になるのは戦後ってことで。
純愛の場合の要ちゃんって、何年後に入学するんでしょうね?
とりあえずここでは、金子とすれ違い入学。
2、3ヶ月経って、要が学校に慣れたと判断した真弓は、念願(?)の独り立ち。
あずさは事件後、金子に付き纏いっきりで、真弓や要まであんまり関心が行って無かったのだけど、
少しずつ彼も大人になってますからね、気づくんですよ。
で、幼馴染の自分に出来なかったことを要が数ヶ月でやりとげてることにショック&軽いジェラシー。
で、またあずさは成長するわけで。
タイトルはどうにもこうにも「CHILEHOOD’S END」
これしか浮かばなかった(^^;; 幼年期の終わりですな。
あずさの幼年期の終わり。精神面でも、実は恋でも。
ただの憧れとか崇拝はお終い。一生物の恋になるといいね。
え? えっちを最後まで書け?
どっちが結局女役やってるのか決められなくて。(苦笑)