彼の受難


「・・あ・・・ああっ!」
 今夜もまた、同室の土田の寝台からは、あえぎ声が聞こえてくる。
 サカリのついた猫じゃあるまいし、よくもまぁ、あいつらは飽きもせず乳繰り合えるものだ。
 秋田は仰向けの状態から、壁に向き合うように寝返りをうった。

 土田と金子が学校中公認の関係になって一月。
 鍵などかからない作りの寮室であるから、夜中に金子が土田の寝台に忍び込むのは止められない。
 最初のうちこそ、夜這いの成功率は悪かったし、金子も一応、声を抑えていたらしいが、今はもう・・・同室の自分に対する気遣いなど、まったく感じられない。

「ん・・あっ。つち・・だ・・・」
 静かな夜だから、隣の部屋まで聞こえているのでは無いだろうか。
 いっそ、外泊するとか、金子の代わりに金子の部屋に行ってやろうかとか、色々考えはしたのだが、ここは自分の部屋の自分の寝台であって、自分が金子に遠慮する筋合いなど、全く無いわけで。
 ごくごくたまに、だが、金子は酒を差し入れしてくれることもある。
 迷惑料、といった所か。
 それよりも、するなら土田を外に連れ出してくれ。
 いや、朝の早い土田がそうそう外出に付き合うはずも無く、いたすなら、やっぱりこのように、寝台に忍び込むのが手っ取り早い方法なのだろうが、だがしかし。

「ああ・・あーーーっ!」
 嬌声が部屋に響く。
 秋田の体に、ぞくりとした感覚が走る。
 秋田は内心、舌打ちしたい気分になる。
 ノーマルな自分としては、男が男にされてよがるなど、全く信じられなかった。
 だが、幾晩も、土田と金子の営みを耳にしていると、そういう関係もあるのだと、理屈では無く納得してしまう。
 鼻にかかった金子の喘ぎ声は、男だということを差し引いても色っぽい。
 いや、同じ男だからこそ、あそこまで声が出るのは、いかな快楽なのだろうと、妙に想像が働いてしまう。
 体を打ちつける音や、湿った音も、何が行われているか如実に想像出来てしまう。

 秋田は、そっと自分の下半身に手を伸ばした。
 育ちきったそれは、開放を求めて脈打っている。
 秋田は泣きたい気分になった。
 何が悲しくて、野郎同士の性行為の音で興奮しなくてはならないのか。
 しかし、頭で考える理屈と違って、体はすっかり反応している。
 最中の二人に気づかれることはまず無いだろうが、万が一気づかれた場合、気まずいことこの上無いので、秋田はこっそりと、ゆっくり、静かに、自分の雄をこすり上げて、開放を促した。



「・・・・・・・・・・くっ。」
 今夜もまた、同室の土田の寝台からは、あえぎ声が聞こえてくる。
 しかも、どうやらこの声は・・・・土田だ。
 金子と違って、土田は最中の声を出来るだけ抑えている。
 おそらく、同室である自分にしかその声は聞こえないだろう。

 最初にこの声を聞いた時は、自分の耳を疑った。
 あの土田が。
 いや、確かに剣道場では土田が押し倒されたのだと、まことしやかに噂が流れたのだが。
 同室の立場で土田を見てきた自分には、全く持って信じられない。
 土田は体も大きいし、剣道の腕は確かだし、性格に女っぽい所も無い。
 万が一、男にすることはあっても、されることは無いように見えた。
 が。

「・・・・ぁ・・」
 熱い吐息に混ざる小さな声は、確かに情欲の色が濃い。
 あの土田が。どんな顔でこんな声を。
 普段のぶっちょう面からは、全く想像ができない。

 湿った音がする。
 金子のことだから、あえて土田に聞こえるように音を大きくしているのだろう。
 男の物を口に咥える金子が簡単に想像出来てしまい、秋田は内心舌打ちする。
 そして、それがもたらす快感は、さらに容易に想像出来る。

「・・・っ!・・・くぅ・・・」
 激しい息遣い。掠れる声。
 普段が普段だけに、土田のその声は異様なまでにいやらしく響く。
 秋田は、そっと自分の下半身に手を伸ばした。
 やはり、育ちきっている。
 秋田は泣きたい気分になった。
 何が悲しくて、野郎同士の性行為の音で興奮しなくてはならないのか。
 しかも、相手は土田だ。あの。ごつくて無愛想な土田。
 しかし、頭で考える理屈と違って、体はすっかり反応している。
 最中の二人に気づかれることはまず無いだろうが、万が一気づかれた場合、気まずいことこの上無いので、秋田はこっそりと、ゆっくり、静かに、自分の雄をこすり上げて、開放を促した。



「なぁ、頼むから来年は、金子と同室になってくれ。」
 秋田は土田に向かって泣きそうになりながら訴えた。
 安眠妨害。それだけならまだしも。
 自分はノーマルだ。ノンケなんだ。
「あ・・・ああ。努力はする。」
 秋田の必死の様子に、何か思う所があるのか、土田は深く頷いた。
 そして、照れたように横を向く。
「その・・・お前には迷惑をかけていると思う。」
 ほんのりと赤い頬と、ぎこちない口調。
 あまりにも珍しくて、秋田は土田を凝視してしまった。
「その・・・すまん。」
 ぽつりと呟く土田は、中々に可愛かった。
 おそらく、最中の土田というのはきっと・・・・・・・
 つい、そんなことを考えてしまった秋田は、慌てて頭を振った。
「絶対に、次の同室希望者には金子を書けよ。絶対だぞ!」
 びしっと土田を指差して、秋田はその場を立ち去った。
 あの土田と一緒の空間にいては、いけない気がした。

 俺はノーマルなんだ。ノンケなんだ。
 普通に卒業して、普通に就職して、普通に嫁をもらうんだ。
 間違っても、あんなごつくて大きい嫁じゃなくて。
 いや、だからっ! そこで土田が出てくるのが大きな間違いなんだ。

 自分に言い聞かせるように、秋田はずっとブツブツと呟いていた。
 彼の受難はまだまだ続く。


〇久(2003.0620



 このSSは、元々カップリング逆引き表「土&秋」に載せていたものを独立させた物です。

 いやー、秋田君ってば不幸です。
 大変だよねー。十代の男子なんてホント、サカリついた猫みたいなもんで。
 いや、覚えたての猿?(苦笑) やりだしたら止まらない、みたいな。(暴言かも(^^;;)

 やたらと書き易かったのは何故でしょう。
 秋田君に同調する部分があるからでしょうか?(笑)
 わたし的には、ごつい嫁は欲しいですが。(爆)

 タイトル「彼の受難」は、 三科様の素敵サイトxxx Position 0 xxxにある「彼の災難」にかこつけてつけました。
 タイトル類似の許可が出たので、つい、文章中に「彼の災難」を意識した一文を付け足してしまいました。
 そちらのSSを知ってる方は「にやり。」として下さい。ええ、あれがあるので余計。


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