穢れ 2


 ゲドは夢を見ていた。
 ほの暗い闇の中、横たわったまま動けもしない。
 ゲドは目線を動かして、自分の体を見た。
 何か黒っぽい・・・紐のような物が体を固定している。
 その紐・・・いや違う、木の枝だ。
 枯れた質感のそれは、ゲドを縛るように体中を這い巡っている。
 見る間にそれらの枝は伸び、すでに指一本たりとも動かせない。
 枝からは酸でも出ているのか、ゲドの衣服を溶かし、肌を腐食する。
 黒い染みがゲドの体を焼く。痛みと共に感じるのは熱。
 枯れ木が成長している違和感と、肌に触れている枝から染み込んでくる嫌悪感。

 穢されている。 訳も無くそう思う。
 黒い枝から黒いものがゲドの体に染み込んで、いつかゲドは黒く染まるのだろう。
 同化してしまえば、これらと同質のものになってしまえば、束縛は無くなるはず。
 ゲドはぼんやりと、侵食される自分の体を眺めていた。
 仕方が無い。確かに自分は穢れているのだから。


 何か、いや、誰かの気配を感じてゲドは目の焦点を変えた。
 すでに顔は動かないから、限定される視界の中に、がいた。
 その身に纏うのは紅の炎。右手に宿す真の紋章のままに。
 はゆっくりとゲドに近づく。
 その目に浮かぶのは強い光。謳われる英雄の称号のままに。

 はゲドの体に這う黒い枝に自らの手を重ねた。
 瞬間、痛みとともに枝が消える。・・・焼かれたのだ。
 が触れた部分だけ、ゲドの本来の肌の色が戻る。
 与えられる熱は痛みに近い。浄化の炎がいくつも、いくつもゲドの体に灯る。
 しかし、焼かれても焼かれても黒い枝は伸びつづけていた。それが当然の権利であるかのようにゲドを縛り続ける。
 ゲドは仕方が無いと思う。枝は何処からともなく生えているわけではなく、その根元はゲドの体であるようだった。すでに肌が変色しすぎて木なのか体なのか、わからないが。
 自分の中の冥い部分が枝になっているのなら、その成長を止めるのは自分の死だけだろう。

「構うな。行け。」
 ゲドの言葉に、はその強気そうな眉を寄せた。
 いっそうムキになって枝を焼きにかかる。
 手だけでは足りないと思ったのか、小さく紅い舌をゲドの体に伸ばす。
「・・・!」
 熱さだけでは無い何かがゲドの体を走る。
 触れられている場所全てが痛い・・・熱い。
 同時に湧き上がる感覚で、また黒い枝はその身を伸ばす。
 堂堂巡りだ。

 は意を決したように、自らの衣服を脱ぎ捨てた。
 ゲドに覆い被さるように肌を密着させる。
 触れている肌が焼けるように熱い。
 なのに、黒い枝は、今度はをも巻き込むようにその枝を伸ばしてゆく。
 の肌に触れるか触れないかのうちにそれらは焼き切れるのだが、いかにせんきりが無い。
 このままでは、ゲドもも動けない。
「諦めない。」
 の言葉は強い。今まで自らの意思を自らの力で通してきた声だ。おそらくはこれからも。
 はゲドの顎を掴み、口を開かせる。
「なに・」
 何をする、と言いかけた時にはすでにの舌がゲドの口中に入り込んでいる。
 交わされる熱い蜜。内側に落ちて、ゲドを中から焼いてゆく。
 同時にの手は、ゲドの雄の部分へ伸びる。
「・!」
 息を呑んでも、避けようとしても、枝に絡まれ、に覆い被されているゲドに逃れる術は無い。
 先ほどからの痛みだけではない感覚に、兆しを見せ始めていたそこは、すぐに猛る。

 はゲドから唇を離し、薄く微笑む。
 少年と青年の間で時を止めたからなのか、心も少年と青年の間の純粋さを持つ彼に似つかわしく無いその表情。
 いや、逆に、青年になりかけの微妙な輪郭線を持つ彼には相応しいのかもしれないその表情。
 ゲドの背にぞくりとしたものが走る。
「よせ。」
 言った瞬間にもう、ゲドの雄はの体の中に飲み込まれていた。
「・・・・・・・・・っ!」
 痛みに発した声は、どちらのものだったのだろう?
 ゲドは、体の内側と外側から痛みを感じる。 ―――痛み、そして熱。 ―――熱、そして快楽。
「よせ。お前がそんなことをする必要は・・・無い。」
 遠くなりそうな意識を集めて、ゲドは掠れた声を出す。
 自分の穢れのために彼が身を投げ出す必要など無いのだ。
「・・・・・・・・んっ」
 しかし、はそんなゲドの言葉など耳に入っていないように、自らの体を打ち付けている。
 の体にうっすらと汗が浮かびだす。
 きつく寄せられた眉は、痛みよりも、快楽を堪えているかのように見える。
 細い首が綺麗なラインでのけぞる。
 ゲドの胸に置かれた手が、何か求めるように動き、その結果、爪で紅い傷を残す。
「・・・・・く・!」
 ゲドを戒めていた黒い枝は、今度は伸びるより焼かれるほうが速い。
 次第にゲドの体が自由になってゆく。胸、腹、首、足、・・・そして腕。
 自由になった腕で、ゲドはの体を自分から剥がそうとした。
 けれど、その瞬間により一層熱い炎がゲドを焼く。内側から溢れて、弾ける。
!」
 ゲドはを突き放したのか、引き寄せたのか、もうわからなかった。







 ゲドは荒い息をついて寝台から身を起こした。
 夢の余韻で、体がまだ熱い。
 しばらく大きく息をついて、呼吸をととのえる。
 鍛えられた戦士としての体は、それだけで充分に落ち着きを取り戻す。
「・・・・・・・」
 夢の中の自分の想いに、自嘲の笑みが浮かぶ。
『お前の理想は、オレには綺麗すぎる。
 だから、汚したかったんだ。オレも。綺麗すぎるお前も。』
 そう言って、無理矢理体を繋いできたのは、むしろ彼の方なのに。
 自分の心の中では、まだ、こんなにも彼を理想化している。
「・・・・・・・・・・・・」
 ゲドは目を閉じた。
『愛想が尽きたなら、出て行けばいい。
 別に契約があるわけでも無いんだしな。』
 そう言った彼の顔が、ほんの少し寂しそうに見えたのも、自分の理想のせいなのだろうか。
 だとしたら、自分は引き止めて欲しいと内心願っているのだろうか。
 ゲドは静かに首を振った。
 何を望まれているのか、わからない。そして、自分が何を望んでいるのかも。
 小さく吐息をついて、ゲドは立ち上がった。


 その日は、何事もないまま過ぎていった。
 炎の運び手として、ハルモニアには忌み嫌われ、グラスランドには称えられる彼らにも日常はある。
 珍しくも部下の鍛錬を指導しているゲドの姿を見て、は驚きに目を見開いた。
 しかし、すぐに人好きのする笑顔を浮かべ、軽い足取りでゲドに近づいた。
「どうしたんだ?ゲド。」
 炎の運び手のメンバーが皆、多かれ少なかれ惹かれてやまないの、少年のあどけなさを残す笑顔。
 しかし今、その目だけが笑っていないことにゲドは気づいていた。
「見ての通り、訓練だが。」
 ゲドはそっけなく答えながらの顔色を観察した。
 驚きと・・・戸惑い? それとも自嘲だろうか? 表情の読みやすい彼にしては微妙な、いや絶妙に複雑な顔をしている。
「行かないのか?」
 何処に、を明確にしない言葉は、聞く者によって都合のよい解釈を産む。
 それがこの一団の外へ、という意味だと気づく者はこの場にいない。
「まだ、な。」
 低くゲドは答えた。
 まだ、見極めていない。
 何を望まれているのか、何を望むのか。
 そして、望んだ結果、何が起こるのかを。
 は苦笑を浮かべた。
「『まだ』、か。らしいな。」
 どこかほっとしたような響き。
 ゲドを見る目から、射抜くような鋭さが消える。
「んじゃお前ら、しばらく鍛えてもらえよ。」
 剣を構える団員達にひらひらと手を振って、はその場から立ち去った。



 その夜。
 ゲドの包には、またがやってきていた。
 は持ち込んだ酒を速いペースであおっていた。逆に、ゲドのグラスの液体は、ほとんど減っていない。
 飲み始めはたわいも無い話を口にしていただが、酒が進むと無口になっていった。
 ゲドも、あまり自分から話を振るタイプではない。
 いつしか、外の風の音すら聞こえるくらい、二人の会話は途切れていた。
 自分の手元を見ていたが、ふいに顔をあげた。
「ゲド。何故行かないんだ?」
 青年の瞳にあるのは戸惑いと疑問。
 彼は昔から、自分にわからないことがあるのが嫌いだった。
 それでも、酒を重ねて自制心が薄れるくらいまで疑問を抑える術は身に付けたようだったが。
「出て行って欲しそうな口ぶりだな。」
 答えるゲドの口調は静かだ。
 何を望まれているのか。聞き逃さないように、聞き違えないように、冷静を保つ。
「そういうわけじゃない。ただ、意外だっただけだ。」
 はちいさく頭を振る。
 昨夜捨てられた布の替わりの、真新しい深紅の額飾りの布は、微妙に長いらしく、余った端はの動きに一歩遅れて揺れている。
「お前は、そういうの嫌いだと思ったからな。それこそ一発で愛想つかされるはずだったんだけどな。」
 の目をゲドは注意深く見据えた。見逃さないように、見間違えないように。
「好きでは無い。」
 感情を抑えた声。抑えていなければ、違うことを口走ってしまいそうだった。
「オレは好きだけどな。気持ちいいし。」
 くすりと、は笑う。
 煽情的で蠱惑的な表情がの外観を裏切っている。

 ふいに、は立ち上がってゲドに近づいた。
 椅子に腰掛けるゲドの顔へ自分の顔を近づけ、そのまま唇を唇に押し付ける。
 二人とも、目を開いたまま。お互いに目を閉じようともしない。
「ふん。」
 すぐには唇を離した。
「『まだ』・・・か。・・・汚し方が足りなかったかな。」
 今度は目を閉じて、より深く。
 反応の無いゲドの舌を吸い上げて、まさぐって、口内の隅々まで丹念になぞる。
 ゲドが小さく反応を返すようになってから、ようやくは唇を離す。
 ゲドの顔は、微かではあるが上気し、黒い瞳は色をいっそう深くしている。
 それは間違えようも無い欲情の印。
 普段が普段なだけに、ゲドのその姿は秘めた情欲を暴いているようで淫らだ。
 はにやりと笑った。
「・・・なぁゲド・・・。しようぜ。」
 そのまま、はゲドの首筋に舌を這わせる。
「サナとすればいいだろう?」
 ゲドは抵抗も迎合もせず、ただ低く問い掛けた。未だ整わない呼吸が無ければ、まったくいつもと変わり無い低い声。
 の体が小さく揺れる。
「サナとしたい時にはサナん所へ行く。
今はゲドとしたい。・・・・・・・いや、されたい、のかな?」
 ゲドの首筋でが笑う。
 ゲドが抵抗しないのをいいことに、防具を外し、コートも脱がせにかかる。
「『まだ』行かないんだろ?」
 の手が、ゲドの肌に直接触れる。
 ゲドは夢と同じ熱さをその手から受け取る。
 だが、この、熱さに似た痛みの正体は、浄化の炎なのか、それとも腐食の酸なのか。
 ゲドは目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。逃さないように、間違えないように。

 は左手を胸に差込みつつ、右手でゲドの肩口の防具を外そうとしていた。
 が。しばらくしてその手が止まった。
「おいゲド。自分で脱げよ。」
 諦めたようにが顔をあげる。
 昨夜はそれこそ、できればいい、というくらいの服の脱がせ方だったからなんとかなったけれど、ちゃんと脱がせようとすれば、ゲドの服は中々に複雑だ。
「・・・俺はすると言って無いが。」
 ゲドはコートの前の合せを留めようとする。
「オレがしたい。それともゲドは服全部焦がされる方が好きなのか?」
 の右手に、剣呑そうな紅い光が宿る。
「・・・そんなことに真の紋章を使うまでもないだろう。」
 本気でゲドが抵抗すれば、真の紋章を使った争いになるのだろうか。
 原因のあまりの下らなさに呆れてしまううが、なら案外本気でやりそうだ。
「・・・」
 ゲドは黙って自らの服につく防具を外し始めた。
 は満足げに頷いて、自分も中々に複雑な衣服を脱ぎ始めた。

「ゲド・・・」
 の指が、ゲドの素肌を丹念に巡る。
 古い傷の上も、昨夜つけた傷の上も、全て。
 指先から伝わる感覚に、夢の感覚が重なる。
 熱と痛み。痛みと快楽。快楽と熱。
 その3つは、切り離すことが出来ないのだろうか?
 ゲドは声を殺しながら、その感覚を享受していた。

 猛ったゲドの雄に、が唇を寄せ、丹念に濡らしてゆく。
「くっ・」
 溢れそうになる快楽を堪えてゲドは熱い息を吐く。
 は小さく笑って顔を外し、今度は静かに自分の中心へゲドを埋めてゆく。
「・・・・・・っ!」
 その行為自体は、慣れていないのだろう。の顔が痛みに歪む。
 けれどは動きを止めない。ゆっくりと、だが確実にゲドを飲み込んで、締め付ける。
「ん・・・ぁ。」
 やがて、の口から小さな声が漏れ出す。
 触れられてもいないのに、の雄も高ぶっている。
 されるがままになっていたゲドは、軽くの腰を掴んだ。
「・・・・・!」
 の背がわなないて、綺麗な曲線を描いた。

 抑えた息遣いだけが満ちてゆく。
 次第に熱くなるお互いの体。
 促されるままに体勢を入れ替えて、今はゲドが上からの体の中へ、自分を打ち付けている。
「ゲド・・・」
 下から腕を伸ばされ、引き寄せられる。
 合せた唇からの頬へ、銀色の細い雫が流れ落ちる。
 ぴったりと合わさった肌が熱い。
 何度目かわからない、内側からの熱が二人を焼いた。
「・・・・・・」
 大きくはないが、決して小さくもないその呟きは無意識の無自覚で。
 何かを掴めそうなのに、麻痺した思考はそのチャンスを逃がしてしまう。


 まだわからない。何を望まれているのか。何を望んでいるのか。・・・何がしたいのか。
 まだわからない。行き着く果てが何なのか。何処なのか。
 まだわからない。この感情を何と呼ぶのか

 ただひとつ、わかっているのは・・・
 まだ・・・終わらないということ。この夜も、この関係も。
 いつか、終わるものだとしても、まだ・・・。

                                             了(2003.0325)

えーっとぉ?(苦笑)
友人に贈った「穢れ」の続きが書きたかっただけなんですけど・・・
そんで、なんでうちとこの英雄が「体は受け」なのかってこと。
だって英雄、女好きだって、絶対。 抱くなら女。抱かれるなら男。自分中心でしょ?(苦笑)
ついでに、F君からの「あの服は脱がせ辛いはずだ」という意見も入れてみました。

公開しないであろう「穢れ」の内容を含めようとしたら前半っつーか夢が長っ!
何が書きたいのかよくわかんなくなってます。
ただ、「枯れ枝に穢されていくゲド」っていうのは、半覚醒状態の私の頭にひらめいた天啓で(笑)
朝「出来た。」と呟いて起き上がった記憶があります。なんだかなぁもう。ゲド祭りなんだから。

とりあえず、初Hの次の日。微妙な気持ちの変化。お互いにね。
二日続けて、こいつら獣だよなーってのは置いておいて。(苦笑)
あくまで英雄に理想を見たいゲド。だが自分が間違ってるってことも理解してきてる。けど納得いってない(苦笑)
GOING MY WAYの英雄。前までは、英雄からゲドへの想いって、頼れる仲間&セックスフレンド的なもんかなー
なんて思ってたけど、最近ちょっと変わりつつあります。
意外に英雄もゲドのこと好きだったんでない? 無自覚だけど(←をい)
ゲドが出て行ったら、それはそれで困らないと言ってるけど、やっぱ出てって欲しく無い。
ゲドを汚したいけど、そうやってもゲドが汚れないといいなぁなんて思ってたり?
とりあえず心情は複雑怪奇かなーとか。きっとB型ね。(何故にっ)



シリーズものっぽくなりそうで怖いーーー。(怖い?)
タイトル、次回は変えます。 本当は今回、違うタイトルだったんだけど、途中でどうも、これは2だろうって気が強くなっちゃって。
次は変えたいけど・・・タイトル考えるの苦手だからなー。どうなるか未定です。

あ、そうそう。せっかくネットで出すんだから、JAVA使ってみました。ドリー夢用。
これってホントは自分の名前入れて、キャラx自分で楽しむためのシステムですよね。
デフォルトの名前が無いキャラにも使えるじゃんっ? と思いついた時、私って偉いと思いました。
(遅すぎ。他のサイトさんでもやってるトコあるだろうよ)
どうでしょう?
ちなみに名前を入れないと、うちとこの英雄の名前になっちゃいます。「ひでお」と悩んだんですけどねー(笑)
この内容で「ひでお」だと、私が笑ってしまいそうで
さ。次はさらにこの後のワイアット&ゲドかな。うちのワイさん保護者だからなー。



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