それは、ビュッテヒュッケ城の契約が終わってからのこと。
「おい。」
ワイアットがゲドの右斜め後ろから、ゲドの右肩に自分の左肘を乗せた。
自然と、ワイアットの顔はゲドの顔に近くなる。
気配を近くに感じる。けれど、その顔を見ることは出来ない。
自分の顔を見られたく無い時、ワイアットはよくこんな風に話しかけてくる。
「行くのか。」
その声に含まれる響きで、顔が見えなくとも判ってしまうのだが。
「ああ。」
なるべく感情が篭らないように、押さえた声で、ゲドは短い答えを返す。
「そうか。」
残念そうな、諦めたような、吐息混じりの口調に揺れる。
「ああ。」
ゲドは瞑目してうつむく。
そうすれば、右側だけが見えないという事実が気にならない。
「それじゃ。」
静かに、腕が降ろされる。
その様子は見えない。
癒されることを拒否したのは自分自身。一緒に歩まないことを決めたのも。
もし、ワイアットの癖のようなこの話しかけ方が、ゲド自身に傷を自覚させるための行為だとしたら・・・それは、とても狡猾なやり方だ。
ゲドは黙って歩きはじめる。
後ろは振り返らない。
それぞれが、それぞれの道を行けば、それでいい。
つかの間の夢は終わったのだから。
軽くなった右肩に残る想い。
見えないからこそ、刻まれる。視覚に頼らない深い部分に。
いつまでも。
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