裸の若様


 ある所に、見目も性格も良く、回りの人々全てに愛される若様がいました。
 まっすぐな緑の黒髪は艶やかで美しく、そのへんの高貴な女性が束になってもかないません。
 知的な眼差しは奥深く、見つめられるだけで男女の別無く若様に魅了されてしまいます。
 その国の王子であるという立場に奢ることの無い謙虚な態度は、国の重鎮たる頑固頭の重役にさえ可愛がられます。
 容姿端麗、眉目秀麗、頭脳明晰、文武両道・・・若様を例える言葉はいくつでもあります。

 欠点らしい欠点の無い若様ですが、ひとつだけ、自分の着る服に無頓着という性質がありました。
 それほど裕福では無い国とはいえ、王子なのですから、もうちょっと立派な服を着ればいいと臣下は提案するのですが、着れる分にはどんな服でも構わないというポリシーを持つ王子は聞く耳持ちません。
 また、自分がそうでも、他人が煌びやかな服を着る分には、全く構わないという性格もしていたので、若様が着ないと他の者が困る、という説得も通じません。

「うちの若様は、元があれだけいいんだから、綺麗な服を着れば、さぞや御立派だろうに。」
 従者や国民は、それだけが不満でありました。
 服問題さえクリアしてくれれば、何処に出したって恥ずかしくない、いや、胸を張って誇れるほど、素敵な若様なのですから。


 そんなある日、諸国を放浪しているという有名なスタイリスト(言語の統一は諦めてるので、深く突っ込まないで下さい)の噂が流れてきました。
 どんな冴えない女性でも、そのスタイリストにかかれば、輝くばかりの美女に変身する。
 魔法の腕と魔法の言葉を持っている。
 本人も、目の覚めるほどの美形。
 ただ、ひどく気まぐれで、気に入った女性しか変身させない。
 色々な噂が飛び交いました。
 国の女性は、そのスタイリストに会いたくて仕方がありません。
 ダメモトでいいから、一目会いたいと思ってしまうのは、美しくなりたい女性の性でありましょう。

 そして、運良くそのスタイリストを見つけたのは、国の重鎮の貴婦人。
 とは言っても、もう年をめしている気の優しい貴婦人は、自分のためにスタイリストを探した訳ではありません。
 つまり、是非、その手によって若様を変身させて欲しいと。そう願ったわけです。
 そして、若様とスタイリストの顔合わせが行われました。
 ええ、ご想像通り、そのカリスマスタイリストの名は、友雅と申します。


「これはこれは。噂に違わぬ美しさ。」
 友雅は口の端に笑みを浮かべて若様を褒め称えました。
 若様は、その胡散臭そうな友雅の出で立ちや口調にも不審を覚えない素直な性格をしていたので、素直に礼を述べました。
「君が一番美しく見えるよう、私に演出させていただきたい。」
 どうやら、若様は友雅の目に適ったようでした。
 しかし、若様は首を横に振ります。
「いいえ。私はこのままで充分です。私の服に国民の血税を使う気はありません。」
 たとえ相手が伝説のスタイリストだろうとも、鷹通の態度は変りません。
 それが、若様が回りから愛される理由でもあるのですが。
「しかし、あの貴婦人は、君のためにという理由で、私を召抱えた。
 君を着飾らせることが出来なければ、私は解雇されるだろう。
 この国の民で無い私は、職を奪われれば、この国を去るしかない。
 私の職を奪う権利が、君にはあるというのかい?
 それに、服の代金はご婦人のもので、君のものじゃない。その使い道までとやかく言うのは、無遠慮だと思うのだが?」
 この国の民では無い友雅は、今まで誰も提言しなかった理屈をもって、若様を説得にかかります。
 口調も、微妙に敬語じゃありません。(ごめんなさいー)

 若様は友雅の言葉を吟味して、頷きます。
「貴方の言うことにも一理あります。しかし、私は私で思う所もあります。
 だから、貴方が私をその仕事で演出するのは、一日だけにしてもらいたいのですが。」
「ええ、充分でしょう。」
 友雅は頷きます。
 元々、近々行われる若様の誕生祭に若様を変身させて欲しい、というのが貴婦人の依頼でしたらから。

「では、私はこれで。」
 去ろうとする若様の腕を友雅は掴みました。
「何ですか?」
 素直な若様の瞳と、考えを見せない友雅の瞳が重なります。
「君のことを知らなければ、君を演出することは出来ない。
 今夜、君の部屋に入ってもいいかな?」
 若様の間近に、造作の整っている、というだけでは形容できないほど、魅力的な友雅の笑顔があります。
 友雅の声は逆らい難いほど艶めいていて、女性であれば皆、瞳をうるませて頷いてしまいそうでしたが、若様はとんとウブでしたので、その辺の含みには、全く気づきません。
「それが仕事なのでしたら。どうぞ。」
 そっけない返事に、友雅は嬉しそうな笑みを浮かべます。
「君は面白いね。では今夜。間違い無く独りでいておくれ。」
 先ほどとはまた違う、鮮やかな笑顔に若様は一瞬、目を奪われました。
 そして、そんな自分を不思議に思いながら、その場を去っていきました。


 その夜。
「そういえば、何故夜なのだろう。仕事が終わってから、という意味だろうか。」
 今更ながらに友雅の提案に首をかしげる鷹通がいました。
 その後、ノックの音がして、くだんのスタイリスト、友雅が部屋に入ってきます。
「やぁ、若様。夜も綺麗だね。
 月明かりが暴く素顔というのは、昼と違う魅力に溢れているものだけど、君は変らない。」
 そう言いながら友雅は鷹通に近づきます。
 元々化粧をしていない鷹通は、月明かりの下でも変りません。
 かと言って、甘い夜の予感に身を震わせているわけでもありません。
 ごくごく普通。
 そんな様が、今まで演出してきた女性とあまりに違って、友雅は嬉しくなります。
「早く済ませてしまいましょう。私は明日も早いので。」
 案の定、全く意味を解さない鷹通は、素直に友雅を見つめます。
「そうだね。」
 囁いて、友雅は鷹通の寝間着に手をかけました。
「な、何をするんです。」
 鷹通は身を引きます。
「服を脱がなければ、正確なサイズは測れないよ。」
 友雅は意地の悪い笑みを浮かべます。
「別に・・・寝間着の上からでも・・・」
「私の演出は、細かい部分まで計らないと出来ないたぐいのものなのだよ。」
 友雅ににっこりと微笑まれ、鷹通は諦めます。
 友雅に仕事だと言われれば、その仕事を奪う権利は無いのですから。
「じゃぁ、自分で脱ぎますから。」

 鷹通は寝間着を脱いで、その真面目な性格通り、きちんと畳んで机の上に置きました。
 月光を纏ったその細身の体は文句無いほど美しく。
 友雅はそっと、感嘆の吐息を漏らしました。
「それでは・・・。」
 友雅は近づいて、鷹通を抱きしめました。
「え?」
「黙って。こうやって私は君の体の正確な形を知るのだから。」
「・・・」
 友雅は鷹通の体のあちこちを抱き、また、なで上げます。
「あの・・・」
 予想外の友雅の行動と、微妙な刺激に、鷹通は顔を赤くします。
「黙って。」
 友雅は鷹通の唇に、自分の唇を重ねて言葉を奪います。
「・・・!」
 抵抗する鷹通の体をきつく抱きしめて、舌を挿し入れて刺激を繰り返します。
 そのうち、鷹通の体が、くすぐったいのとも、抵抗するのともちょっと違う反応を返し出します。
「・・・・・・ん。」
 ウブな鷹通は、もちろんこうしたことも始めてで、為すすべなく友雅の煽るままになってしまいます。

「可愛いね。」
 友雅は鷹通をベッドに促して、横にします。
 胸の突起に舌を乗せると、鷹通は恥ずかしそうに顔を両手で覆いました。
「・・・ぁ・・・んっ・・」
 手で覆っても、覆い切れない声が漏れてきます。
 友雅は手や舌を使い、鷹通の体の隅々までを計ります。
「嫌・・・ぁ・・・」
 さすがに、鷹通の大事な部分に手がかかった時は、鷹通も抵抗します。
 けれど。
「君のことを全て知らなければ、君を演出出来ない。
 君の形を知らなければ、君に似合う服は出来ない。
 君の色を知らなければ、君に似合う色は見つからない。
 君が上気した時に出す香りを知らなければ、君に似合う香りは見つからない。
 君の声を知らなければ、君に似合う言葉遣いは見つからない。」
 そんな友雅の説得に、鷹通は最後まで抵抗しきれませんでした。

「・・・は・・ぁ・・あ。 ・・・くっ・・・。」
 苦しそうな、気持ち良さそうな鷹通の声が部屋に響きます。
 湿った音と、立ち込める香りが、二人が何を行っているか、如実に表しています。
「ああっ!!」
 悲鳴のような鷹通の声を最後に、後は甘やかな雰囲気が部屋に満ちていきました。


 そして誕生祭当日。
 友雅が手に持つ服を見て、若様は眉をしかめます。
「それは・・・私に裸で人前へ出ろということですか?」
 友雅の手に、服はありません。いや、無いように見えます。
「君が一番綺麗なのは、何も身に纏わない時だからね。」
 くすりと、友雅が笑います。
「遠慮します。私はいつもの服のまま出席します。」
 赤くなりながらも若様は横を向きました。
 あの夜以来、友雅は毎晩若様を尋ねたのです。
 それにはいちいち理由があって、それがどうでもいいような、あからさまに口実だと判ってはいたのですが、若様は断りきれ無かったのです。
 それはつまり・・・

「そしたら、私も離職だ。」
 友雅は肩をすくめます。
「自業自得です。」
 若様は、そっぽを向いたまま言います。
「次は、君が雇ってくれるかい?」
 からかうような、誘うような、試すような。友雅の口調は微妙です。
「え?」
 若様はその言葉に驚いて友雅に顔を向けます。
「一番綺麗な君を演出するよ。ただ、鑑賞できるのは私だけだけど。」
 友雅が真剣な眼差しで若様を見つめます。
「・・・あ・あの・・・」
 顔を赤くしながら、若様は瞬きを繰り返します。
 友雅の言葉の意味することは判るのです。
「嫌かい?」
 少し寂しそうな友雅の表情を見て、若様は勢いよく首を横に振ります。
「じゃぁ、契約成立?」
 若様、今度は首を縦に。大きく一度。
「良かった。では今日の誕生祭にはこれを。」
 友雅は今度は普通の、目に見える服を取り出しました。
「あ。あの。」
 促されるまま素直にその服を着て、髪やら顔やらをいじられた若様は、それはもう、輝くばかりの美しさです。
「これは?」
 若様が不思議そうに服を引っ張ります。
「君が、2番目に美しく見える演出をしてみたんだ。」
 友雅が満足そうに頷きます。
「・・・最初から、これを出せばいいのに。」
「言っただろう? 一番綺麗なのは、何も身に纏わない君。
 私が直接肌に咲かせた花は例外として。」
 その言葉に、また若様の顔が赤くなります。
「その人を一番綺麗に演出するのが私の仕事だし、信念だから、何も言わずにこの格好をさせた時点で、私の職業生命はお終いだよ。
 誰が誉めてくれても、私が許せないからね。
 ・・・さて、そろそろ行こうか。」
 友雅は若様をエスコートするように手を伸ばします。
 本日の若様の格好はトップシークレット扱いで、誰にも知らさないことが条件でしたから、誕生祭の若様お披露目ギリギリまで二人っきりで別部屋待機などしていられたのです。
「ええ。」
 若様はその手に自分の手を重ねました。
 友雅はそっと握り返します。
 それだけで、若様はなんだか幸せな気持ちになりました。


 誕生祭は大成功。
 そしてこの後、若様専属の腕のいいスタイリストのおかげで、若様はいつも見目良い、素敵な格好を身に纏うようになり、名実共に自慢の若様として大いに愛されました。
 着飾ることの嫌いな若様をそこまで変えたスタイリストは、またその伝説を増やしましたが、もう放浪の旅は止め、ただ1人を演出することに決めたようでした。
 しかも、そのスタイリストである友雅は、何時の間にか演出以外にもその才能を発揮し、今では若様の片腕とも言われる、近しい存在になっています。

 元々見目麗しい二人が着飾って並んで歩く様は、それはそれは、物語の中の人物を見ているような、現実離れした、美しく、鮮やかで、麗しい光景で、見る人物全てが感嘆の溜息をつくほどです。

 しかし、本当にこの二人が一番綺麗な時は・・・
 それは、二人にしか知ることが出来ないのでした。


 

〇久(2003.0611)


うわー。久しぶりに友鷹書いたら・・・どうしちまったんだ自分。
おかしいなぁ。最初の予定と違うぞ。

それこそ最初は、裸の鷹通で(回りが、鷹通の裸見たさに服が実在してると言いくるめる)
子供のイノリに指摘されて、恥ずかしくなって上気した体に、友雅の咲かせた花が浮き上がり、
これが一番綺麗な鷹通だよ・・・なんて話だったんですがね。
ちなみに、恥ずかしくて国にいられない鷹通を、友雅がさらっていっちゃう。

あれ?
採寸に来た辺りから、ちょっとずつ予定が狂ったわけだな。
まぁ、幸せそうだからいいや。

それにしたって、普段の癖のせいで、御伽噺風な「〜ました。」の書き方が出来ないったら。
何時の間にか体言止めとかしてるの。文末が「〜た。」になってるの。修正に一苦労。
あと、「鷹通」にするか「若様」にするか、かなり悩んで、ごちゃごちゃに。(苦笑)
友雅もさ、「友雅殿」って呼ぶのはこの場合変なんだけど、呼び捨てもしっくりこなくて困りました。
結局呼ばせていないっていう。(悪あがき)
パラレル(だろう。一応)も難しいですよね。


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