花時
○久
昼ではなく、かといって夜でもない微妙な時間…宵の口、仕事を終えて自舘でくつろぐ鷹通の元に、珍しい客がやってきた。
「あ、鷹通さん。いたんだ。よかったぁ。」
女房の後を、軽い足音を立ててついてきたのは詩紋だった。
「運がよかったですわね。この時間に帰ってることは滅多に無いんですのよ?」
鬼の色をまとう八葉である詩紋を、最初は怖がるように見ていた女房達も、その人柄に触れた今は気安く(もちろん八葉への礼をわきまえた上で)声をかける。
「今日はとても仕事がはかどったので。ところで詩紋、何のご用ですか?」
鷹通は女房の言葉に柔らかな苦笑を浮かべた。
「あ、そうそう。鷹通さんに聞きたいことがあって…」
勢いよく鷹通の前に正座する詩紋を見て、女房はくすくすと笑いながら下がっていった。
「あのね。『来めやとは思ふものから ひぐらしのなく夕ぐれは立ち待たれつつ』ってどういう意味?」
記憶を確かめるように、時々詩紋は考えこみながら鷹通に告げた。
「それは…恋の歌ですね。『あの人はもう来ないだろうと思いながらも、ひぐらしの鳴く夕暮れはいつも外に立って待たずにはいられない』という意味ですよ。」
鷹通は少し驚いた。神子と共にこの京に来てから一月はたつけれど、詩紋に恋の歌を交わすような相手ができているようには見えなかった。
「そうか…やっぱりね。諦めきれないんだよね…。」
詩紋はうつむいて考え込んでいる。
「やっぱり、なんとかしてあげたいな…」
「詩紋?」
「絶対変だよ。お互いに好きなんだから、一緒にいればいいのに…」
自分の考えに入ってしまった詩紋を鷹通は黙って見守った。その考えが形になるまで。
しばらくうつむいていた詩紋が顔をあげた。
「ねぇ、鷹通さん? 僕を最初に見たとき、どう思った? 憎い鬼だと思った?」
「それは…」
鷹通は困ったように顔を伏せる。
「正直に答えて。」
「そうですね。最初は驚きました。金髪に青い目は鬼の印ですから。けれど、神子殿と一緒に来る方がおそらく八葉だろうと藤姫に聞いておりましたし、貴方の性質を知った後は外見は気にならなくなりましたよ。」
「鷹通さんでも最初はそうなんだ…。けど、第一印象は変えられるってことだよね?」
詩紋は上目遣いに鷹通を見た。
「はい。」
鷹通は微笑んだ。
「うん。そうだよ。外見が鬼みたいだからって…いや、あの人は実際鬼なんだけど…それだけで無理やり会えなくするなんて、可愛そうだよ。僕、がぜん味方になる。」
詩紋はこぶしを握り締めた。
「詩紋? さっきから誰のことを言ってるのですか?」
鷹通の問いかけに、詩紋は照れたように笑った。
「あ。イノリ君のお姉さんなんだ。この間イノリ君の家に行く機会があってね。お姉さんすっごく綺麗な人なんだけど、少し淋しそうなの。ため息まじりに呟いてる歌が聞こえちゃって、気になってたんだ。」
それこそ最初は外見のことで反発しあっていた朱雀の天地が、すっかり打ち解けている様子を見て、鷹通は微笑ましいと感じた。
「鬼への偏見は今に始まったことでは無い分根が深く、正すのは大変ですが、きっと判ってもらえますよ。」
貴方達のようにね。と鷹通は付け加えた。
「ありがとう、鷹通さん。…いつも、変な質問にも相談事にもちゃんと答えてくれるのって凄く嬉しいんだ。僕、京の世界が好きになれたのって、鷹通さんのおかげだと思ってる。」
自分と関係の無い世界を救うために自分の世界と離れなければならないということは、なんて辛いことなのだろう。ましてその世界で自分は異端の外見で差別されている。
鷹通は詩紋の強さを思った。
「貴方は、強い人ですね。」
「そ、そんなこと無いよ。み、みんなのこと好きだから頑張れるんだよ。うん。」
詩紋は照れて顔の前で手を振った。
「私も貴方のことが好きですよ。」
鷹通はにっこり笑った。
「ありがとう。僕も鷹通さんのこと大好きだよ。」
詩紋も、花の咲いたような笑顔を浮かべた。
「それじゃぁ、今日はありがとうございました。僕、そろそろ行きます。お邪魔しました。」
詩紋は来た時と同じように、軽い足音をたてて去っていった。
鷹通はしばらく詩紋の去った方を見て、そして読みかけの本に手を伸ばした。
その時。
「うらやましいねぇ。」
突然の声に鷹通は驚いて庭を見た。
「と、友雅殿?! いつからそこに?」
すっかり暗くなった庭から、夜目にも鮮やかな白い胞をまとった友雅が鷹通に向かって歩いてきた。
「君が早くに帰ったと聞いて忍んできたというのに、ちょっと早すぎたらしくてね。庭で時間をつぶしていたらこうなった、というわけさ。」
衣擦れの音も雅やかに友雅は鷹通の前へと腰を降ろした。
「お人の悪い…」
「君ほどでは無いよ。」
友雅が扇子を閉じる音が響いた。
「え?」
「鷹通、『見る人もなき山里の桜花 ほかの散りなむ後ぞ咲かまし』…どういう意味か、教えてくれないか?」
「何故そんなことをお聞きになるのです?」
「ほら、私には答えてくれない。」
友雅はあからさまにため息をついた。
「友雅殿でしたら歌の意味はご存知でしょう? 何の意図があってお聞きになるのか、図りかねると申しているのです。」
鷹通は困って眉を寄せた。
「私の問いには答えられない?」
友雅は鷹通の目をじっと見詰めた。
「…『賞美する人もいない山里の桜よ、同じ咲くなら、ほかの都近くの桜が散ってしまってから咲けばよいのに。』実際は都と同時期に咲くから人が見に来ない…という意味ですよね。」
間違ってはいないはずだと鷹通は思った。
「そうだよ…。それなら、鷹通、これはどんな気持ちで詠まれたんだと思う?」
面白そうに友雅は続けた。
「…鮮やかに咲く桜が、人の評価を受けないことを嘆いている…のだと…」
「ふうん。鷹通はそう思うのか。」
友雅は意味ありげな笑みを浮かべた。
「友雅殿は違うとお思いですか?」
その笑みに、何故か不安を感じる鷹通。
「自慢さ。」
「え?」
「誰も知らない素晴らしい桜を、自分だけは知っているぞ、という自慢の歌さ。」
友雅は言い放った。言葉の端がどこか冷たい。
「そうでしょうか…」
鷹通は目を伏せた。
「けどね、私ならそんな自慢はしない。もしその歌を聞いて他の者が桜を見にきたら、それは私だけの花では無くなってしまうからね。」
友雅の声が低くなった。
「何か…怒っていらっしゃるのですか?」
友雅が何に対して怒っているのか、見当がつかない。
「怒ってなど…いないさ。ただ、考えていただけだよ。」
「何を?」
「たとえ隠していても、花は花の存在感で人を惹きつける。その美しさを一人占めにするのは無理なことなのだと。」
友雅は、鷹通の目から視線を外さない。
深い泉の色をした瞳が、より艶めく。
突然鷹通は友雅の意図に気づいて顔を赤らめる。
「あ、あのっ。私は…その…」
慌てて首や手を振り回す。
その様子を見て、友雅の表情が和らいだ。
「可愛いね…。君が女性なら、誰の目にも触れないように閉じ込めてしまうことも出来るのに…」
友雅の指が鷹通の頬をなぞる。
「侮辱なさるのですか?」
鷹通は怒って友雅の指を外す。
「違う違う。君が閉じこもるだけの女だったら、そんな魅力は持っていないよ。最初に見た時はひっそりとした蕾だったのに、今はもう、誰の目から見ても鮮やかな花だ。見つけたのも咲かせたのも私なのに………と思ってね。」
友雅は懲りずに指を鷹通の首筋に伸ばす。
「…!…」
その台詞と宝玉への刺激に反応して、鷹通の顔はさらに赤く染まる。
友雅は鷹通の首の後ろに手を回して、鷹通の体を自分のほうへ引き倒す。
抱きしめて、耳に囁きを落とす。
「…好きだよ…」
「と、友雅殿…」
鷹通は友雅の衣をぎゅっと握る。
「やっぱり、私には素直に言ってはくれないのだね。」
「え?」
「ふふ、まあいいさ。そんな顔は私しか見れないだろうからね。」
不思議そうな顔をして自分を見上げる鷹通の顔に指をかけて、友雅は静かに頬を寄せる。
鷹通はうっとりと目を閉じる。
友雅はくすりと笑った。
了2000.07.25
108キリ番GETの智巳奈莉様に捧げる「嫉妬する友雅さん」でした。
こ、こんなのでよろしかったでしょうか? ドキドキ。
リクエストの中の「言い寄られる鷹通」「嫉妬する友雅さん」「可愛い友雅さん」の3つが上手くまとまらなくて(^^; どれか入れるとどれか抜けるのですよ。私の想像力って貧困。
「可愛い友雅さん」を中心におくことを決意して、結局詩紋に出ていただきました。恋ではなく親愛ですけど、一応「好き」と言わせてみたり。(そこにいたるまでの前振りの長いこと(^^; はうーん。)
友雅がやきもち焼いてるように見えるでしょうか? なーんか微妙すぎて鷹通気づいていませんけど(笑)
HPを持つのも初めてなら、キリ番も初体験でした。楽しかったです。
気合が入ってるのは和歌が入ってる所(笑) 話を決めた時に、どうしても和歌が必要になって、参考書買ってきました。使えそうな歌が多いですね(^ー^)ニヤリ
あ、鷹通の解釈は参考書通りですけど、友雅のは○久オリジですから、信じないで下さい(苦笑)
あ、それからタイトルは「はなどき」ですから。「はなじ」じゃ無いです(爆)