眠れる森の神子
○久
京の王国の王様と王妃様の間に、女の子が産まれました。
待ちに待った神子の誕生に喜んだ王様は、祝いの宴を設けて、妖精を招待しました。
赤い服をまとった妖精の首領が、尊大な態度で一つ目の祝福を授けます。
「神子たるもの、人を魅了する器量が無くては始まらんだろう。
よかろう、我に似た美貌を与えてやらなくも無い。ありがたく思え。」
次は桃色の服の妖精です。
「・・・そうね・・・鈴の音に似た、美しい声をあげるわ・・・
だから、時々私を呼んでね・・・」
次は青いショートパンツの妖精です。
「僕は馬鹿な奴は嫌いだからね。悪くない頭にしてやるよ。」
体の大きい、黒い服の妖精が口を開こうとした瞬間、空が暗くなり、雷とともに一人の妖精が現れました。
「宴にあたしを呼ばないなんてさ、何様のつもりだい?」
赤い服の鬼とおそろいの帽子をかぶった妖精が、きつい眼差しであたりを見渡します。
「あの・・・その爪で食事をされるのが大変だとお聞きしましたので・・・」
ただでさえ扱いづらい妖精の中でも、もっとも気まぐれなこの妖精は、言うことがその時によって変わります。
実際に以前、王子が産まれた時には「人の誕生を祝うだなんて、あたしには向かないね」と宴を断っているのです。
「そんなこと、どうにでもなるじゃないさ。あたしのために手を使わない料理を用意するとか、それぐらいの気も回せないのかい?」
「お礼に、とっておきの祝福をあげるよ。
その子はね。美しい姿と声と知恵を持って育つだろうさ。異世界からお呼びがかかるほどの魅力を持ってね。
だけどね。16歳の誕生日にその子は糸車の針に指を刺されて、死んでしまうだろうさ。
いい気味だね。」
高飛車な笑い声を残して、妖精は去っていきました。
突然の出来事に、王妃は泣き出してしまいます。
宴の会場は重い雰囲気につつまれました。
そんな時、今まで口を閉ざしていた黒いコートの鬼が話し始めます。
「私には、あの妖精の呪いを消すことはできない。だが、弱めることなら出来る。
神子は死ぬのでは無い、眠るだけだ。いつか、神子に相応しい者が現れるまで。」
淡々と低く呟かれる声はとても重く、王と王妃はその言葉を信じました。
それでも心配性な王は、王国中のすべての糸車を焼き払いました。
神子は妖精の祝福通り、可愛らしさと美声を持って育ちました。ただちょっと、小賢しい所がありましたけど、それも多分祝福のせいなのでしょう。基本的な頭は悪くないのですから。
16歳の誕生日に、神子は城の階段の壁に、小さな扉を見つけます。
「あら? こんな所に扉があったなんて・・・どうして今まで気づかなかったのかしら。
とっさの時の隠れ場所として使えそうね。入ってみようっと。」
それは、実は神子に呪いをかけた妖精が、目くらましの術をかけておいた扉でした。
神子がそのドアを開くと、細い階段が上へと続いています。
上がりきった所にある、小さな屋根裏部屋には、見慣れない道具がありました。
「何かしら? 私が知らないということは、掘り出し物かもしれないわよね。
高く売れるものだったら嬉しいけれど。」
糸車を今までに見たことが無い神子は、警戒心も無くそれに近づきました。
「痛っ」
糸車の品定めをしていた神子は、その針を指に刺してしまいました。
「しまった・・・毒? 私が死んで得する人間と言えば・・・」
そんなことを呟きながら、神子は倒れました。
その口からはやすらかな寝息が漏れていました。
神子が呪いの通りに倒れたと知った王様は嘆き悲しみました。
神子をベットに横たえて、花で飾りました。
いつ神子が起きてもいいように、家庭教師を部屋に常において、 国中に神子を救う勇者を求むとおふれを出しました。
準備万端整ったころ、自分の洞窟でそれを見ていた妖精の王は呟きました。
「まぁ、我が配下のやったことだ。少し手助けしてやるか。」
その瞬間、城の中の全ての人は眠りに落ち、城は誰も入れないようにイバラの森に包まれました。
「その難関を突破出来た者こそ、神子を起こすことが出来るだろう。
ふふ、いつになることやら。」
妖精の首領は楽しそうに笑いました。
それから何年もの月日が流れました。
東の国に、国王が元気なため、31歳になっても嫁をもらうこともせず、好き勝手に生きている王子がいました。
ある時王子は京の国に眠りに包まれた城があることを聞きました。
「神子をはじめ、城中の者が眠りについている? なんともったいないことを。」
その王子は、稀代の女たらしとして有名でした。
「美しい者を眠ったままにしておくなんて、大きな損失だとは思わないかい?」
王子は、自分好みの姫が寝ているかもしれないという、とても個人的な理由から、京の城の眠りを解放する旅に出ました。
「ああ、麗しのバラよ。君の棘は、か弱い君の体を守るためであって、人を傷つけるためのものでは無いのだろう?
その香りに魅了されてしまった私は、君達を手折ることなど出来はしない。どうか私を通してはくれないだろうか?」
王子が京の城を囲むイバラに、甘い声で囁くと、イバラは赤い花びらを更に赤く染めて、王子に道を開けました。
「ありがとう。」
王子は必殺の笑みを向けて、城へと進みました。
城の中は、噂通り全ての人が眠りに落ちていました。
王子は一人一人の顔を覗き込んで品定めしながら、神子のいる部屋へと進みました。
ひときわ豪華な扉を開き、花に囲まれた神子へと近づきます。
「おやおや、まだ子供ではないか。」
射程範囲内ではあるのですが、これだけ若い神子に手をつけた場合、下手をすると国際問題です。
性格も知らない内から結婚を前提に付き合うのは、王子の柄ではありませんでした。
「さて。どうしたものかね。」
ふとあたりを見渡した王子は、机に伏している人影に気づきました。
長い緑の黒髪の指触りの心地よさを味わいながら、抱き起こして、王子は息を呑みました。
「いいね………好みだ。」
髪飾りと繋がる眼鏡が、今は落ちています。
神子の家庭教師なのでしょう。机の上には漢詩の本と書きかけの巻物。その巻物には、漢詩の判りやすい解析が書かれていました。
年の頃は19、20くらいでしょうか。すっきりとした輪郭と細い首筋。
肌の色は日に焼けてない白。伏せた睫毛は長くて。
目を閉じていても整った顔立ちだとわかります。
起こした感触から男だということはわかるのですが、それはどうでもいいことのように感じます。
『目を開いた所が見てみたい、この口で自分の名前を呼んで欲しい。』
そんなことを考えている自分に王子は驚きます。
以前、東の城で占い師が言っていた『そなたにはいずれ出会う運命の相手がいる。その者はそなたの半身。お互いに補い合い、高みへと登るだろう。』という言葉を、王子はまるで信じてはいませんでした。
「でも、信じてみてもいいかもしれない。」
王子はその家庭教師を抱き上げます。
およそ武器など持ったことの無いような細身の体は、鍛えられた王子の胸にすっぽりと収まってしまいます。
そのまま王子は(眠ったままの神子を無視して)城を後にしました。
城から離れた街道の宿屋で、家庭教師はゆっくりと目を開けました。
知的な眼差しが加わって、更に好みの顔になると王子は思いました。
「あの…ここは? 貴方は? 神子はどうなったのですか?」
不思議そうに尋ねる声も、また可愛いと思ってしまいます。
「ここは東の国へ通じる街道の宿屋。私は東の国の王子、橘友雅。神子は…まだ眠っていらっしゃるよ。
それよりも、君の名前を教えてくれないか?」
「あの…私は藤原鷹通と申します。神子の家庭教師をつとめております。」
「鷹通か。いい名前だね。」
友雅は微笑みます。
横になっている鷹通を至近距離で覗きこむ友雅の、至極整った笑みを見て、鷹通の頬に朱が上ります。
「それで…あの…どうしてこのようなことに?」
「ああ。神子を起こすのは、私では力不足だったのだよ。けれどね。君を眠ったままにしておきたく無かったから、連れてきた。」
「はっ?」
「私と共に生きないか?」
「は? 何をおっしゃっているのか、判りかねます。第一、私は男なのですが…」
「眠り姫はこれだから。君が寝ている間に、そういう概念は無くなったのだよ。
好き合う者ならば、女同士でも、男同士でも、神は認めてくれる。」
「あ、あのっ。でもっ。私はっ。」
頬を傾けて近づく友雅の顔をよけようと、鷹通は首を振りながら慌てた声を出します。
「やっと見つけた…私の心を満たす月の光を。」
友雅は鷹通の首筋に唇を寄せます。
「あっ」
今まで感じたことも無い奇妙な感覚に、鷹通の体が跳ねます。
「可愛いね…」
友雅の舌が鷹通の首筋を登り、柔らかな耳朶をねぶります。
「やめっ………んっ!」
百戦錬磨の友雅の技に、やがて鷹通の抵抗も弱まって、そして………
「『そして2人は幸せに暮らしましたとさ。』だろう?」
「何をおっしゃっているのですか? 友雅殿?」
「いや。私は幸せだと思ってね。鷹通もそうだと、嬉しいのだけれど。」
「最初の頃は変な感じがしましたけど…ええ、幸せですね。」
鷹通は柔らかく微笑みました。
京の国から遠く離れた東の国で、友雅と鷹通はお互いにお互いを必要としながら、仲良く幸せに暮らしておりました。
京の神子がその体に龍の宝玉を埋めた勇者に救われるのは、もう少しだけ後の話。
了2000.07.02
ふふ。ラブラブ(自己満足) オチ?無いですねぇ(笑)
途中から眠れる森の神子じゃ無いってのはわかってやってますってば。
実はちゃんとディズニーのアニメ見てないんですよね。
森の中で王子と会うシーンはカットカット。だってこれ、○久バージョンだし(爆)
とにもかくにも友雅と鷹通がラブラブならば、それでよし。(をいをい)