炎の運び手。そんな名前で呼ばれるようになってしばらく経って。


「おい。」
 ワイアットがゲドの右斜め後ろから、ゲドの右肩に自分の左肘を乗せた。
 自然と、ワイアットの顔はゲドの顔に近くなる。
 呼ぶなら普通に掌を肩におけばいいものを。
 この癖は、中々抜けないらしい。

「いい酒が入ったんだ。飲まないか? 」
 嬉しそうな声。見えずとも隣の男が軽い笑みを浮かべているのが判る。
「構わんが。」
「じゃあ、後で行くからな。1人でいろよ。他の奴らに知れたら、グラス1杯も飲めないぜ。」
「ああ。判った。」

 ワイアットは部下に人気が高いから、常に大人数が個人の包に押しかけていたりするが、ゲドは部下と馴れ合わないので、包まで押しかけられることはめったに無い。
 気さくに見えて、色々秘める所も多いワイアットの避難所として使われることも多い。

「わざと嫌われ役やる必要も無いのにな。」
 小さな声。

 ゲドは右の視界がほぼ無い。
 その分を補うためなのか、右側の、視界以外の五感は妙に発達している。
 小さな声も拾ってしまうほど。
 それとも、それを知っていてあえてワイアットは右側から声をかけるのか。

 無言のまま、わずかに揺れるゲドの肩。
「俺だけのほうが、ありがたいけどな。酒飲む時なんかは特に。」
 冗談めかした言葉を残して、ワイアットは腕をそっと降ろした。
「俺は・・・」
 囁くようなワイアットの声。さすがに聞き取れなかったが、あえて聞く必要も無かった。
 右側で揺れる気配は暖かく、優しかったから。



 軽くなった右肩に直接吹く風の冷たさ。
 残るぬくもりを確かめようと、ゲドは自らの左手を右肩に置いた。


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