媚態

○久

1



 目の前に、酔って横になった鷹通がいる。
 どうしてこういうことになったかと、俺は同じく酔った頭で考えてみる。
 確か…あれ? 何でだ。とにかく飲むことになって、珍しくも鷹通が集中攻撃にあって、へろへろに酔っ払って…。で、邸に帰れそうにないからってんで、客間みたいなトコに俺が肩かして連れてきて…。ああ。記憶はしっかりしてるらしい。
 しっかし、17歳でも正々堂々酒飲んでいいだなんて、いい所だよな。それだけ早く責任の取れる大人になれってことかもしれないけど。向こうじゃさすがに、買うのは自販機だしな。日本酒も案外美味いのな。それとも酒が上等なのか?

「ん…」
 苦しそうな声に考えを止められて鷹通を見ると、苦しげに首のあたりを探っていた。
 そりゃあ、苦しいだろうな、そんだけ着てりゃ。ややこしい肩飾りのせいで、寝返りも打てないだろうし。
 俺は親切心で鷹通の襟元を緩めてやろうとした。
 …なんだこりゃ。どうなってるのかよくわからない肩飾りを外して、帯外して、胞っつーの?外側の服を剥ぎ取る。…重っ。よくこんなの毎日着てられるよな。
 着物の紐解いて、襟ゆるめ…て…?
 鷹通の白い首の下、襟で隠れるぎりぎりの場所に、どう見たってキスマークな赤い跡が残っている。 どうりで鷹通は酔っても襟を崩さなかったはずだ。見えちまうもんな。
 …へぇ、鷹通もやるじゃん。奥手に見えて、やっぱこの時代の男だね。
 でも、結構積極的な女なんだな。それとも自己主張が激しいのか?
 俺は、ちょっと興味が湧いて、鷹通の単をはだけてみた。
 うわ。前言撤回。鷹通、男として、それでいいのかお前?
 首筋に、胸元に、腹に、くまなく残っているキスマーク。元元白い肌が、酒で上気して、ほんのりピンクになっていて、残るキスマークは更に赤くなっている。
 鍛えられた筋肉も無いけれど、贅肉も無い細身の体は、確かに男なのに……何故か色っぽいと思ってしまう。
 おいおい、ちょっと待てよ、酔ってるのか? 俺。

 かしゃり、と小さな音がした。
 鷹通が顔を横に向けた時に、眼鏡が落ちたらしい。
 この眼鏡も謎だよな…と思いつつ、外してやる。
 鎖の先は髪飾りに繋がっていて、それを外すと鷹通の髪が流れた。
 緑の黒髪ってのは、こういうのを言うんだろうな。真っ直ぐで、指触りが良くて、おまけになんだかいい香りがして…って俺、何してんだって。
 横になった鷹通に半ば覆い被さるようにして、俺は鷹通の髪を指に絡めていた。
 やばいって。なんだか変な気分になってくる。
 髪をほどいて、布団の上に流してやる。ふと目に付いた首筋の龍の宝玉に、何故か触ってみたくなって、指を伸ばした。
 酔って上気した肌と違って、妙にひんやりとした感触が気持ちよかった。
「…ぁ・・んっ…」
 突然聞こえたよがり声(だよな?)に、俺は心底驚いた。
 今の、鷹通の声なのか? 掠れて、上ずって…やけに色っぽい声。
 男がそんな声出すなよ?
 …もしかして、鷹通ってホモなんだろうか。そうなら色々納得がいく。この時代(っていっても、俺の知ってる平安時代とは微妙に違うんだろうが)には珍しく無い話だろうし。
 それに…。俺はまじまじと鷹通の顔を見つめてみる。良く見ると、整った綺麗な顔立ちしてるんだよな。肌なんかも綺麗でさ。
 至近距離で見つめている最中に、突然鷹通が目を開いた。
 慌てて体を起こして鷹通から離れる。
 鷹通は焦点の合わない目で、こっちをぼんやりと見た後、にっこりと、それこそ花が咲くように微笑んだ。
 ドキッ。
 な、なにドキっとしてるんだ、俺。
「…ともまさどの…」
 伸ばされた腕に吸い込まれるように、俺は鷹通に近づいた。
 鷹通の腕が俺の首に回されて、軽いけど抗えない力で引き寄せられて…。
 唇が重なった。

 …俺はパニクっていた。なんで避けなかったんだろうとか、鷹通ってマジでホモだったんだとか、相手友雅かよ? とか、俺の何処が友雅に似てんだよ! とか、…鷹通の唇が、やたらと気持ちいいとか。
 一瞬のようにも、ずいぶん長いようにも思える時間が過ぎた後、鷹通の腕から力が抜けた。
 そっと唇をはずした。鷹通はさっきと同じように、力無く横になって目を閉じている。
 起きてるのか?
「鷹通…?」
 俺は鷹通の耳元で小さく呟いてみた。鷹通は体を小さく震わせるが、目を開けない。
「鷹通」
 今度はわざと、耳に息を吹きかけるように囁いてみる。鷹通の体が、ピクッと跳ねて、「…ん…」という甘い吐息が漏れた。
 ………やばい。今のは効いた。男相手だっていうのに、俺のはきっちり反応を返してしまった。
 今なら、と、俺の中で悪魔の囁きが聞こえる。
 今なら、鷹通は俺を友雅と勘違いしてる。泥酔してる鷹通は、きっと朝になれば覚えていない。なんとなく覚えていても、友雅だと思うだろう。ヤルなら今だ。
 しかし、と、俺の中の理性が囁く。
 よく見ろ、相手は(いくら色っぽくても)男だ。同じ八葉だし、(相手が同性だろうが)恋人もいる奴だ。それを犯ってしまうってのはまずいだろう。
 けれど、と声がする。
 何事も経験だ。男とする機会なんて、この先あるかどうか判らないぞ。それにここは異世界。いってみれば旅先だ。旅の恥じは掻き捨てというじゃないか? いけいけ。
 次第に俺の理性の声は小さくなる。なにせ俺、酔ってるし。
 いや、酔ってることを理由にしたいのかもしれない。
 鷹通を抱きたい。さっきから頭の中にはそのことばかりで。
 ひとつ頷いて、俺は覚悟を決めた。

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